昨夜の疲れの為か、4時間眠れた。朝起きると、晴れてはいるが風が非常に強い。今日は今回の旅行で2番目に大事なカーステン・ダールの録音の日だ。午前10時からデンマーク コペンハーゲンのクリスチャンハーウンにあるケウ スタジオ(Kaev
Studio)で録音予定。せっかく朝早く起きても、日曜日の為バスが少ない。8時50分が始発ということは、バス、フェリー、汽車と乗り継いで2時間半は少なくとも掛かるから、これは絶対遅刻だ。スタジオに電話をするのもめんどうなので無視する。
バスの乗客は私一人。南スウェーデンの田園地帯を1時間、スウェーデン第4の都市、Hensingborg(ヘルシンボルイ)に着く。ここから対岸のデンマークのHelsingor(ヘルシンガー)迄フェリーで約15分。風が強くても船が大きいので問題なし。対岸に近づくとハムレットの台になったクロンボー城が見えてきた。船着場の前がコペンハーゲン方面の汽車のプラットホームになっていて汽車がもう着いている。ここからコペンハーゲンまで約50分、一眠りしたいところだが次の駅が昔、デューク・ジョーダンの住んでいたSnekkersten(スネッカーステン)なのでどんな所か見てみたいので寝ていられない。スネッカーステンは本当に小さな駅で、ここからジョーダンは演奏の為コペンハーゲンへ通っていたのだ。ジョーダンの有名な曲に“Night
Train From Snekkersten"という曲があるが、夜汽車に乗って仕事に赴くジョーダンの姿を思い浮かべる。暗い窓の外の景色とレールの音からヒントを得て、あの素晴らしいメロディーが浮かんできたのだろう。
11時にやっとコペンハーゲンに着きタクシーでスタジオに向かう。スタジオのあるクリスチャンハーウンはコペンハーゲン市内だが街のはずれで、運河には多くのヨットや船が舫っていて雰囲気のある場所である。スタジオのある通りに着くと突然カーステン・ダールの顔が見え、<ここ、ここ!!>と手招きしている。クリーム色のTシャツを着たダールは元気そうで、ヤン・ラングレンとは違ったタイプだがハンサムだ。<何してるんだ>と訝しがる私の顔を見て、<まだベースが来ていないんだ>と言う。<何だ、あせって来なくてもよかったんだ>と安心したのだが、一方夕方まで15曲録音できるのか心配になってきた。ダールはどんどん録音を進めていく人だがそれでも心配だ。
そのうちベースのLennart Ginmanがベースを抱えてやって来て、<ごめん、ごめん>と謝るのだが、何となくスタジオのムードは湿っぽい。ドラマーのFrands
Rifbjerg(フランス・リフベアー)は無精ひげ、髪の毛は櫛を入れず、サンダルばき。188cmぐらいある大きな人で、おしゃれすれば渋くてこれもハンサムだと思うがそんなことには全く無頓着の人のようだ。
さて3人そろって録音開始、そうゆっくりもしていられない。驚いたのはスタジオのピアノで、何とちょうど100年前のHindsbergのしろもので、出発前、ダールから<非常にバップな音がする>と言われてはいたが、見た目も茶色でとても古風な感じがする。出てくる音も非常にユニーク(???)で今のピアノとサウンドが全く違う。昔のショパンなどのピアニスト達もこんなサウンドのピアノで演奏していたのだろうか?私は、レパートリーなどについてはたまに口を出すが、その他のことについては、なるべくプレーヤーの意見を尊重するようにしているので、今回の古いピアノ、少ないマイク(当初2,3本の予定だったが)と普通のプロデューサーだったらビビる企画も、<いいんじゃない、面白いんじゃない>と、かえってある種の興味を持っていたのだ。
現実にはマイクの数は、ピアノにオーストリア製のマイクを2本、ベースにAKGを1本、ドラムには上からAKGを2本とスネアーとバスドラにShureを2本、計7本のマイク。これは今風の録音、ピアノトリオに13,14本のマイクを使うことからいえば、約半分、1950年代を彷彿とさせる音の録り方である。気にしない、気にしない、大体今日の録音のレパートリーだって昔風、出てきた音も昔風。録音が進むにつれCDの題名もジャケットの写真、デザインまでアイディアが浮かんで来てしまった。
■当日演奏された曲は、録音順に、
It Could Happen To You / Blue Train / Dear Old Stockholm / I'll Close My
Eyes / What's New / Night And Day / All The Things You are / In A Sentimental
Mood / Minority / Autumn Leaves / Mellow Mood / Old Folks 全12曲
どのテークを選ぶか今はまだ決めていないのでわからないが、お奨めはマイナームードのファンキーなMellow Mood、バッド・パウエルのTempus
Fugitを思い起こさせる急速調のMinority、エリントンの曲の中でも特に好きなIn
A Sentimental Moodあたりだろうか?勿論他の曲も素晴らしい演奏だったので、発売(予定は年末)された暁には、ぜひ多くのファンの方に聴いて頂きたいものだ。カーステン・ダールは最近出た2枚のバーヴの作品もとても評判が良く、また売れ行きもよいそうだから、これからもっともっと人気が出てくるピアニストだと思うし、私も大変才能のあるピアニストだと考えているので、他のレコード会社と違った企画でもっと録音してゆきたいと思っている。ここへ来て、ヨーロッパジャズの人気にも多少陰りが見えてきたところもあるが、真に才能のあるアーティストにとっては無関係。これからも創造的なジャズを提供してくれるアーティストの一人としてカーステン・ダールは生き残っていくだろう。 |