'04年夏オランダ・スウェーデン・デンマーク旅行
- その1 -
8月12日(木)
ドルフィー研究家 PAUL KARTING 氏
KLMオランダ航空にてアムステルダムへと向かう。ロッテルダムに住むエリック ドルフィーの研究家、Paul Karting 氏に会う為。アムステルダムのスキポール空港は初めてだ。イギリスのヒースロウ、フランスのシャルル ド ゴール空港と並んでヨーロッパでは、最も大きな飛行場の一つだろう。空港にはKarting 氏が迎えに来てくれていた。


彼の小さな車でロッテルダムへ向かう。約1時間のドライブ。車中から見るオランダの風景は風車も見えず、ただ真平らで殺風景。北欧のそれと比べて何か、俗っぽい。Hotel Emmaの部屋の壁には、マイルス デイビスとおぼしきグループの演奏風景の絵が掛かっていて、Karting氏の心使いだろうか?早速着替えを済ませ、ロビーで待つKarting氏と彼の家へと向かう。すぐ近くと聞いていたが、何とホテルのすぐ裏が彼のマンションだった。


Paul Kartingはジャズに詳しい人ならご存知かもしれないが、1964年6月、エリック ドルフィーの死の直前のオランダツアーをプロモートした人。ツアー中、あの有名なLAST DATEがHilversumのVaraスタジオで録音されている。私もドルフィーが好きで、ドルフィーの研究をしているので(とても彼の足元にもおよばないが・・・)彼は私のオランダ行きをこころ待ちにしていてくれたという。何故彼と知り合ったかというと、これは全くの偶然で、今年の5月頃彼から私の製作したヤン ラングレンの映画音楽集のCDを彼がオーダーしてきた事がきっかけだった。


ロッテルダムのポール カーテイング?どこかで聞いたことがある名前だと、ピーンときて、もしかしてエリック ドルフィーの?と問い合わせてみると、やっぱりその人だった。世の中狭いと驚いたが、もっと驚いたのは、私が数年前まで持っていたドルフィーの死ぬ1週間前の直筆の手紙と、オランダツアーの契約書はかって、Karting氏が持っていたものだという。これらは、数年前にある方に譲ったのだが、彼はいまだにこれらを懐かしがっていた。この手紙と契約書は数奇な運命を辿り、Karting−日本人―フランス人―日本人(私)−日本人(ある方)と手に渡り、今現在そのある方によって大切に保管されている。


さてそのKarting氏の部屋(約4畳半)へ行くと、左にLP,右にCDの棚があり、整然とLP,CDが収められている。Karting氏の興味はドルフィーは勿論、Stan Kenton(意外)、Eddie Costaといったところで、その他にはAlbert Ayler。(彼が1964年のアイラーのオランダツアーをプロモートした<Ayler/Cherry/Peacock/Murray>)私はアイラーにも興味があり、このツアー中、2,3のジャズクラブでどういうわけか、ドラマーのソニー マレーが参加せず、ドラム抜きのトリオで演奏したのを知っていたので、そのへんの事情を聞くと、ただ単にマレーがギャラが少ないとダダをこね、演奏開場に来なかっただけということだった。ちなみに、アイラーのグループの一晩のギャラは100ドルだった由。私はこれを聞くまで、てっきり音楽上のトラブルだと思っていたので、<何だ、そんな事か>となかば拍子抜けしてしまった。近いうちにこの時のアイラーの演奏記録(未発表)がリリースされるという。


さてドルフィーに話題をもどすと・・・・。Karting氏はドルフィーが好きで、ドルフィーのLPやCDを殆ど完璧に持っているが,いわゆる世間一般のコレクターといわれる人種とちょっと違う。それはよくあるように、やれレーベルに溝があるとか、ラベルの色が違うとか、デザインが違うからといって収集するのではなく、研究を主として、未発表の映像や演奏を集めるのが好きらしく、これは私とよくにている。私もどちらかといえばやはり音第一で、未発音源に興味があり、これらを参考にしたりして未解明の録音データなどを明らかにしてゆくことにより興味を覚えるタイプであり、このあたりのフィーリングがKarting氏と共通している為、彼も大変貴重な映像や音源を私に譲ってくれたのだと思う。


今回彼から貰った物の中では・・・
※Charlie Mingus in Liege,Belgium 1964年(約40分の映像。とても画像が良い)
※Complete Last Date Session(Varaスタジオで行われた放送録音の完全版。メンバーの打ち合わせや、音あわせ You Don't Know What Love Isの別テーク等。)
※Complete Charlie Mingus Copenhagen Concert 1964年(海賊盤に入っていない演奏、ミンガスの長い話、Jaki Byardがポリスに捕まってまだ来ていないから彼抜きで演奏するとか・・・・。音はかなり良い。)
※Eric Dolphyの両親へのインタビュー(映像) ・・・・等である。


私の方からは、お礼として、ドルフィーがパリのクラブ、Cha qui Pecheに出演時の大きなカラー写真、Iron Manデートの未発表音源ドルフィーがミンガス、バド パウエルと共演した1960年、フランス アンテイーブでの映像などを手渡した。


そうこうしている内に、もう一人のこれも強力なコレクター、Ed Beuker氏がわざわざMaastrichtから車をとばしてやってきた。この人は私と同じく50代後半の年齢か?いわゆる世間でいうコレクターで非常に沢山、珍しいLP,CDを持っているとの事で(彼の家に行っていないので見たわけではないのでわからないが・・・・)ご自慢はLast Dateのギリシャ盤だそうだ。近々彼のコレクションのリストを送ってもらうので、楽しみにしている。ただ先ほど言ったように、私がこのタイプのコレクターでないので、Karting氏の昔話やコレクションと比べ、今ひとつ興奮してこない。そうはいっても、大昔は私もこのタイプのコレクターだったから、彼の楽しみも十分理解できる。


その他の興味のあるものでは、ドイツ人のReinhold Wendt氏が最近出版したドルフィーのデイスコグラフィー(これの中で初めてノックアウトのSPのセンターラベルを見た。またその表紙のドルフィーの写真も初めて見た)はなかなか立派で、早速エアーメールで注文した。またKarting氏がまとめたドルフィーの1964年4月と6月の、ミンガスのヨーロッパツアーと、6月のドルフィーのオランダでの足跡記録(25ページ)は素晴らしい。ドルフィーがいつどこで、どんな曲を演奏したか、ジャムセッションをしたか、何を食べたか、果ては、婚約者ジョイスに何処で誰から指輪を買ったか等、興味が尽きない。Karting氏から許可を得て、これを日本語に訳しドルフィーファンの役に立てればと思ったりしている。