思い出のコンサート
- その4 -
デクスター・ゴードン アット モンマルトル
1964年ごろから数年間、デンマーク、コペンハーゲンのジャズクラブ“モンマルトル”の目玉アトラクションは、ロング・トール デクスター(Long Tall Dexter)ことデクスター・ゴードンだった。このころには1959年頃オープンしたこのクラブは“カフェ・モンマルトル”と言った当初の名から“ヤズフス・モンマルトル”Jazzhus Montmartre(Jazz House Montmartre)に変わっていた。このモンマルトルについてはいずれ改めてご紹介したいと思うが、この名門クラブにとって最も縁の深いプレーヤーといえばデクスター・ゴードンをおいて他にない。ゴードンのモンマルトルでの活躍ぶりは数多くのライブ録音で皆さんご存知のとうりである。特にスティープルチェイスからは“デクスター・イン・ラジオランド”と名付けた7種類のLPとCD,又近年そのスティープルチェイスからの続編やブルーノートからも同じようなアルバムが出されている。そしてイギリスのブラックライオンからは1967年の“モンマルトル・コレクション”の2枚組。こうしてみると、ゆうに12,3枚を超える作品があるわけで、いくら当時のデクスターが好調だったとはいえ全てに付き合ってはいられない。これ等の作品の中で私が好きなのは“デクスター・イン・ラジオランド”シリーズ中の、Cheese CakeとLove For Saleの2枚。これ等を聴くと当時のデンマークのジャズファンとデクスターのラブアフェアーがよく伝わってくる。Cry Me A Riverという作品も良いのだが、あまり関係の無いアトリ・ビョ‐ンのピアノトリオの演奏はアクビが出る。このピアニスト、ビョーンは確かに個性的でデンマークの評論家連中は高く評価しているようだが真に国際的といえるレベルとは思えない。またここでベースを弾いているベニー・ニールセン、スティープルチェイスのオーナー、ニールス・ウィンターが昔私に「当時(1960年代中期)ペデルセンより期待されていたベーシスト」と語ってくれたことがあったが、ビッグトーンにはみるべきものがあるとはいえやはりローカルベーシストの域を出ない。


さて1967年、私はコペンハーゲンの中華レストラン、キネシスク・カフェテリアでお皿を洗ったり、ポテトチップスを揚げてアルバイトをしていたのだが、この職場から歩いて5分の所にこのクラブ、モンマルトルがあったのでほとんど毎晩のように通っていた。デクスターは67年の6月から9月にかけて毎晩出演していたので彼の演奏を浴びるように聴いていた。そしてある夏の晩、いつものようにクラブの入り口で9クローナ(当時の邦貨で477円)を払って中に入るといつもと違って少し様子がおかしい。PA用のマイクの他に多くのマイクが立ち並び異様な雰囲気。いつもと違って少しおしゃれしたデクスターがステージに上り「今夜はスペシャルな夜です」と聴衆に話しかける。ここで初めてその夜の演奏が録音されるということを悟った。その夜の演奏は前述のブラックライオン盤の2枚組CD“モンマルトル・コレクション」として世にでている。昔、日本のキングレコードから出た同作品、K26Y 6114/5の解説を書かせてもらった時、その夜のこととモンマルトルについて詳しく書いたのでもしこのCDを中古レコード店で見つけた方がいらしたらお読みください。ちなみにこの夜のメンバーはゴードンのほかケニー・ドルーのピアノ、ペデルセンのベース、アルバート・ヒースのドラムスで記録によるとアラン・ベイツ(プロデューサー)は3晩にわたって録音したらしく、初日と2日目はよく似たレパートリー、3日目はガラリと曲が変わっている。私はライブ録音に出くわしたのは初めてだったので何か記念にと思い、考えた末、演奏後の拍手を長くして目立とうとDeviletteというモード調の曲でこれを試みた。演奏のあとしつこく拍手しているのが20歳の私である。といって自慢できることでもない。作品中、Sonny Moon For Twoなどかなり乗っている演奏とは思うが、私はもっともっと良い演奏を聴いている。そしてゴードンとケニー・ドルーの相性は決して悪くはないと思うのだが、テテ・モントリウのピアノのほうがより素晴らしいと私は思っている。


またある日のことだが、仕事が休みだったので夕方ヴェスターブロゲーデ(Vesterbrogade−西の橋通り)にある日本食レストラン“東京館“へ食事に行くと、隣に良く見た顔の人がいる。なんと大橋巨泉と朝丘雪路、そしてもう一人ディレクターらしき人が楽しそうに、とんかつや刺身を食べて盛り上がっていた。そのうち私は酔った勢いで巨泉氏にずうずうしくも「スウィングジャーナルにこちらのジャズレポートを送りたいのですが、、、」と申し出ると、思いのほか親切に「それじゃあ帰ったら社長に言っとくよ。ところでこの街でどっかジャズやってるの?」と尋ねてきたので、「今デクスター・ゴードンが出ています」と言うと「え!!ゴードンが出てるの?」とびっくりした様子。クラブの場所を教えると「ねえ、後で行こうよ」とディレクターらしき人を誘っていた。こちらはお先に食事を終え一足先に歩いてモンマルトルへ行ったのだが、クラブの入り口でタクシーから降りたご両人にバッタリ会った。どうも朝丘雪路は興味が無いのか、あるいはセブンイレブンじゃなかった、11PMの取材で疲れたのか一緒ではなかった。タクシーを降りた巨泉氏、偉くなってもやはりジャズが好きで好きで、、、といった感じで「おう、やってる、やってる」と夜の街に響きわたるサックスの音に眼が輝いていた。その日、実は私は昼間、虫歯の”親知らず“をぬいてまだ血が止まらず痛みもひどかったのだが、ジャズを聴けば治ると思い(???)又通ってしまったのだった。その夜デクスターが演奏した曲は今でも覚えている。レコードでおなじみのイントロで始まる”柳よ泣いておくれ“や”チーズ・ケイク“、ドラマチックな”身も心も“、と”イッツ・ユー・オア・ノー・ワン“等。特に私の好きな、”トプシー“のコードの上に作った”チーズ・ケイク“は良かった。この曲は日本でも人気があるそうだが皆さん、この曲名の本当の意味をご存知だろうか?デクスターはこの曲を演奏する時必ず客席に向かって「まったくこれは食べてとても美味しいのです」と意味ありげに紹介していたのだが、、、。これは女性の前では決して言えぬ、濃厚な意味がある。それとデクスターという人はとてもユーモアのある人で、ある時遅れて息を切らせてステージに上がりあわてて吹いたのが”Just In Time “であったり、”On Green Dolphin Street“をデンマーク風に”On Green Dolphingade”(gadeはstreet)とアナウンスしたり、あるときはモンマルトルの店内が停電になった時吹いたのが“When Lights Are Low”であったりと、、、。晩年映画、”Round Midnight“に出演してどこまでが演技か、どこまでが地かわからぬ飄々とした役者ぶりを見せたゴードンだったが、私はゴードンの曲者ぶりを知っていたので少しも驚きはしなかった。