MY FAVORITE SONGS
- その1 -
DEAR OLD STOCKHOLM
外国の民謡やフォークソング、例えば“黒い瞳”、“カチューシャ”、“ボルガの舟唄”といったロシア民謡や、”グリーンスリーブス”、“ロンドンデリーの歌”等は昔から我々日本人に長い間親しまれてきた。しかし、ことJAZZの世界でとなると、スェーデンの民謡、Dear Old Stockholmが昔も今も非常に人気が高い。


原曲は Ack Varmeland Du Skona(アック ヴァルメランド デゥ シェーナ)といい、一般的には、”麗しのワームランド“と訳されている。この曲が有名になったのは、1951年、テナーサックス奏者、Stan Getz がスウェーデンに演奏旅行にいったとき、現地のメトロノームに録音してからで、Getzがアメリカへ帰国後、大ヒットとなり、その後、マイルス・ディビスがブルーノートにも録音している。


ワームランドというのは、スウェーデン中北部の地方のことだが、Ack(アック)というのは、所謂、感嘆詞で、これは、よく使われる、(アー)というものより、ずっと、ずっと強く、よりセンチメンタルなニュアンスを含んでいるという(デンマークのベーシスト、Ole Rasmussen,スウェーデンのベーシスト、Mattias Svenssonの話)。


さてこの曲、Ack Varmeland Du Skonaはいつ頃、何処で、生まれたのだろうか?ある資料によれば、この曲は意外にも、もともとは1500年代のオランダのメロディーだという説があるが確かなものではない。またこの曲がスウェーデンで知られるようになったのは、200年ほど前からだそうで、これまた意外なことに当初はワームランド地方とは全く関係の無い、東ヨットランド地方で、Ostgota Bergslagsvisa(visaはバラードの意味)として広まっていたという。それが1840年代の中期、Varmelanningarneという、フォークコメディーの一部として使われ、広くスウェーデンの人達に広まったということだ。当時、チェコの有名な作曲家、スメタナがスウェーデンを訪れこのメロディーに接して、彼の有名な作曲、”モルダウ“の一節に使ったのは有名だ。


いずれにしても、この暗く、メランコリックで、哀愁溢れるメロディーは、本国スウェーデンのみならず、遠く離れた日本人の琴線を強くうつのは、深いところで、スウェーデン人と日本人の感性が通じる部分があるのだろう。


ところでStan Getz が録音したこのDear Old Stockholm、多分、命名者はGetz本人だろうが、この曲を録音しようと提案したのは、共演者のベーシスト、Keneth Fagerlundだったといわれている。そしてFagerlundも自身のグループでこの曲を録音している。この曲のオリジナルの構成はサビ(ブリッジ)の部分が短く、Getzは原曲に忠実に演奏している。メロディーの美しさを活かしたGetzの、透明感溢れる、まるで本人がスウェーデン人であるかのようなプレーは実に印象的である。また当時まだ高校生だったピアニスト、Bengt Hallbergのプレーも素晴らしい。


このDear Old Stockholmの演奏は、当時のアメリカ人ファンだけではなく、アメリカ人ジャズプレーヤー、とりわけMiles Davisの関心をひいたらしく、1950年代初期、当時ニューヨークに駐在していたスウェデン人ジャーナリスト、Claes Dahlgrenのジャズ番組に出演したMilesは、<このピアニストには関心した。特に私は、彼の弾く高音部が大好きだ>と絶賛している。その後Miles は前述した通り、自分のグループでBlue Note に、J.J.JohnsonやJackie McLeanたちとDear Old Stockholmを録音することになるのだが、Miles は原曲のブリッジの短さを嫌い、あの特徴あるメロディー数小節を加えてアメリカバージョンのアレンジをほどこした。MIles はそのソロの中で、“ユモレスク”のメロディーをまじえながら演奏しているが、どうも演奏はいまひとつ、面白くない。


後年Miles はJohn Coltraneを従えてColumbiaにもう一度録音しているが、こちらも私の耳には、Miles としては、平均点以上のものとしてきこえない。そして、私の好きなBud Powellもトリオで録音しているのだが、こちらも冴えない演奏だ。日本では、随分この演奏は人気があるようだが、慣れない曲を、気の向かぬまま演奏しているのがハッキリみてとれる。尤も、これはPowellの選曲ではなく、ベーシスト、ジルベール・ロベールの提案だったそうだが・・・・。要するに、私にいわせれば、この曲をアメリカナイズにアレンジしたのがそもそも、この曲のすばらしさを半減させたと思っているのだが、そこへいくと、Getzはこの曲への愛情の深さか、必ずオリジナルの構成で演奏していたのはセンスが良い(ただ一度、パリでのライブ録音でアメリカバージョン)でやったこともあるが・・・・。)


近年、このDear Old Stockholmの日本での人気をきにかけて、各日本のレコード会社が、ピアニストを中心に挙ってこの曲を録音しているが、あまり成果は上がっていない。別に特別技術的には難しいわけではないが、要するに難しいのは曲のハートを捉えることであって、ただメロディーがいいからメロディーを弾き、吹き、アド
リブすればよいでは、よい演奏ができるわけがない。


そこへいくと、流石にJan Lundgrenはスウェーデン人だけあって、このお国の“宝石"の美しさをよく理解している。かつてAlfaに録音したものもよかったし、彼が来日したとき、2回ほど(不思議なことに、Lundgrenは滅多にこの曲を演奏しない)聴いたことがあるが、どちらもかなりよかった。これは、Lundgrenというピアニストが特別曲を大事にするということもあるのだが・・・・。それより、かれがスウェーデン人であるということ、こちらのほうが大事なことで、これが隣国のデンマーク人でもなかなか苦戦するのではないだろうか?だだ、感じとして、同じ隣国でも、ノルウェー人のほうが、よいのかもしれぬ。ことほど左様に、曲の本質を表現するのはとても難しいのではないかと私は思うのだが、これがその国の民謡であり、またはフォークソングであれば、なおさらだ。


その点、いつも感心するのがGene DiNoviという人で、この人の感性には、いつもびっくりさせられる。例えば、DiNoviが演奏する山田耕作の“赤とんぼ”等を聴くと、絶妙なアレンジもあるのだが、原曲以上の素晴らしさ、郷愁を感じさせてくれる。もしかして、Dear Old Stockholmをスウェーデン人以外で、的確に表現できるのは、この人だけかもしれないと、時々思うことがある。実際DiNoviは1950年代、Lena Hornの伴奏者として北欧を訪れているが、そのときの印象をまとめて、ルーレットレコードに“Scandinavian Suite”という作品を残しているが、良い作品だった。