デンマークのベーシスト
- その1 -
NIELS HENNING ORSTED PEDERSEN
デンマークの主要輸出品は酪農製品と肉類といわれているが、最近では、ジャズベーシストもその一つと考えられるようになった。最も、これはNiels Henning Orsted Pedersenの出現以降の話である。それほど彼の存在はデンマークのベース界にとっても、そしてデンマークのジャズ界にとっても大きなものだった。


ペデルセンより以前のベーシストといえば、せいぜいErik Moseholmの名をあげる程度であろうか?ペデルセンは、1946年生まれだが、彼がまだ14歳の時、つまり1960年JATPのツアーでデンマークのコペンハーゲンを訪れたベースの巨人、レイ ブラウンはVingaardenという小さなクラブで ペデルセンの才能に驚いて、「眼をはなすな、すごい大物になる」と言ったといわれる。また60年代初期に、やはり共演した秋吉敏子も「目の玉が飛び出るほどうまい」と、デンマークからレポートしていたのを思い出す。


当時、まだ高校生だったペデルセンは、学校を抜け出しながら、デンマークを訪れるアメリカ人プレーヤー達、つまりPowell, Albert Ayler, Brew Moore, Lucky Thompson 等と共演して急激に成長を遂げてゆく。だだし、彼から聞いた話では、Eric Dolphyとは、演奏したことは無いという。当時、私は4ヶ月程、皿を洗いながら、コペンハーゲンに住んでいて、有名なカフェモンマルトルは仕事場から歩いて5分の所にあったので、ほとんど毎晩通っていた。彼は私と年が同じで、何となく親しみもあり、休憩時間などに、たまに話もしたことがある。好きなベーシストとして、Ray Brown, Paul Chambers, Scott LaFaroの名をあげていた。


Ray Brownの予言は、はやくも3,4年のうちに現実のものになった。Brownの眼(耳)は確かだった。Pedersenは、ご存知のように今日まで超一流のプレーヤーとして活躍しており、今やジャズ史に残る名ベーシストとして名を残した。近年日本のファンの中には、彼の超絶テクニックを逆に非難の対象にするような傾向があるようだが、私には彼の桁外れの音楽性ゆえ、けなす事など、到底出来ない。唯、私の好みからすれば、やはり1963年ごろから1970年代初め頃までヤン ラングレンと来日したベーシスト、Mattias Svensson,そしてペデルセンとの共演も長いAlex Rielもまったく同じ意見 だった。


数多いペデルセンの中で私が特に好きなものの一つは、Teddy Wilsonとの共演もので、たとえばWhen You're SmilingやStoryvilleの“Noble Art Of Teddy Wilson”等、何度聴いても飽きない。ベテランピアニスト、ウィルソンのデリケートでサトルなプレイに協調してこのジャズ界の大先輩を立てながら、それでいて、さりげなく自分を主張する態度は、とても20歳の若者ができることではない。リズムマンとしての自分の役割をしっかりとわきまえているのだろう。そこが、名ベーシストといわれる所以だろう。